湘南と言うより西湘地区。そこに有るのが相模湾、駿河湾の魚を一手に引き受ける海の台所、小田原魚市場。小田原以西から湘南までの多くの胃袋を請け負っています。
特に小田原は奥に箱根をかかえ、旅館の厨房も支えているのです。 初冬とも言える市場にはキンメ、マダイ、イトヨリ、アマダイ、クロムツ、宗田カツオ、ブリなどたくさんの魚が並んでいました。
さて鍋物ナンバーワン!と言えばアンコウ。東京では鰹と昆布でとったダシに味醂、醤油で味付けをしてあっさり味。茨城に行くと、肝を鍋で空煎りして水を足してアンコウの身を入れ、お味噌で味つけをします。さて忘れてはいけないのがアンキモです。当日の小田原は肌寒く、市場にアンキモが並びました。こんな季節が来た事を感じました。
この市場に毎朝、仕入にくる平塚の「川定水産」。その女将「多美子さん」は魚を料理するのが大変に上手です。店にはいつも、自家製干物はもちろん、ツミレ、押し寿司、酢の物、煮物などが並びます。地物や丁寧に吟味された物で作ります。女将が一人で手作りするので大量生産は出来ません。大変に評判が良くあっという間に売り切れです。
朝4時起きでご主人と市場に行く多美子さんですが、7時に店に戻ってから開店まで、仕入に使ったトラックの掃除から店の準備まで一人でこなします。8時には一番目のお客さんが「おはよう!なんか刺身ある?」と姿を見せました。
小柄な多美子さんが一人で頑張るのには理由が有ります。「定一ちゃんが事故してから足が痛むみたいだし、他に何か仕事するって言っても魚屋しか出来ないよね。定一ちゃんの魚の目利きは最高だからねえ」と、屈託なく笑います。
店主の後藤定一さんは2年前、交通事故に巻き込まれて重傷を負いました。その時は誰もが店をしめるものと思いました。しかし、お店を愛してくれるなじみ客達が「銀行に行ってくる」「帰りに配達してあげる」と手伝い始めたのです。お陰で店は、少ない休業期間のみで再開することが出来ました。なじみのお客さんに愛される訳は、この女将の細やかな心遣いと目利きのご主人が選んだ魚です。週末には遠い所から車でやってくるお客さんもいます。
「まあねえ私が頑張るしかないもんね」と、笑顔でお店に立っていました。傷みを抱えたご主人も、時には顔をほころばせます。お義母さんの「店は多美子のお陰だよ」の言葉が、ずっしりと重たく感じた一日でした。